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平城山

『平城山(ならやま)』

1) 人恋うは 悲しきものと
  平城山に もとほり来つつ
   たえ難かりき

2) いにしえも 夫(つま)に恋いつつ
   越えしとう 平城山の路に
   涙落としぬ

作詞:北見 志保子 作曲:平井 康三郎
現在では 由紀さおり・安田祥子のデュオ、あるいは鮫島有美子の歌で聴くことができます。

作詞者の北見志保子は大正11年離婚。別離して奈良に滞在。このときに、後に平井康三郎によって曲が付され有名になりました。
フランス留学中の12歳年下の志保子の恋人を、はるかに思う気持ちを平城山の故事に託して歌ったものです。

『人を恋い慕う気持ちのどうにもならない悲しさは、平城山あたりを廻り歩いて堪えがたかった』と、後にそのときの心情を語っていたそうです。

故事とは、はるか古墳時代のこと、大さざき大王(仁徳天皇)の王妃 磐之媛(いわのひめ)が紀州へ旅している間、夫が八田媛(仁徳と皇位を譲り合った菟道稚郎子の妹)という女性を妃に迎えようとし、磐之媛はこのことに立腹して筒城宮(京都府京田辺市)へ帰ってしまいます。
磐之媛は大王が必ず自分を迎えにくるとの想いで待ち続けた場所こそが、この「平城山」であるとのことを知って、いにしえの女性の気持ちに自分の気持ちを投影させて作った深い情念を感じさせる歌です。

磐之媛は没後、平城山の南斜面に位置する佐紀盾列古墳群の一つの前方後円墳に葬られたとされています。
また佐紀地方は、古墳時代には多くの王妃や高級官僚を輩出する皇室と深いかかわりをもつ地域であったとも考えられます。
平城山を越え、山田川谷を西に滝坂の峠(現国道163号線)を河内平野に降り、摂津におわす時の大王に嫁ぐ幾多の情念が、ここを通過したであろうことは想像に難くありません。

大和と南山城を結ぶ「歌姫街道」(現県道751号線)という名称は、それらの故事を彷彿させる因縁を強く感じさせます。

2009年9月20日、この故地 平城山においてオーディオ同好の志が集まり試聴会を開催します。

真空管オーディオ・関西試聴OFF会
会場はJR平城山駅前 奈良市勤労者福祉センターです。

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