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江井海岸

1月22日、真冬の寂しい淡路市江井の海岸です。

Eikaigans_3 ここは約35年前、私が中学一年生だったころ海水浴に訪れた地です。その後、近所を通過することはありましたが、この地を訪れるのはそれ以来、久しぶりとなります。今回は二見からボートで片道30分あまりのクルージングで着きました。

35年前は、明石から1時間近く小型客船にゆられて、江井の北、室津あたりで船を降り、そこからさらにバスで数十分かけてここにたどり着く、といった行程だったとおもいます。
海岸には、家族連れとおぼしき海水浴客が多く、大部分はマイカーでここを訪れているようでした。

マイカーを使えるだけでも当時はうらやましかったのに、今でいうならばシーレイ245クラスのオープンブリッジクルーザーを乗り付け、錨泊させているグループも少数いました。その人たちは、直径3mはあろうかとおもわれる大型のビーチパラソルやボンボンベッドなども上陸させて、我々の目からはすべてがアメリカンに映りました。
我々はというと、画像右方向の高台の空き地にテントを張り、カレーや味噌汁を炊いて二泊三日ぐらいの滞在でした。時期はお盆休みの8月15日から17日だったことが、今回資料を調べて確認できました。

その日、甲子園では森本監督率いる地元、郡山高校が、強豪 銚子商業を奇跡的な逆転サヨナラで準々決勝を破り、同行していた郡山高出身の親戚は歓喜にわいていました。その直後のニュースでラジオはただならぬ内容を伝えたのでした。「アメリカのニクソン大統領は、明日きわめて重大な声明を発表する、と伝えました。」
この声明が、いわゆる「ニクソンショック」といわれた社会現象の発端となったのです。

大国の影響力を発動して、それまで1ドル360円の固定相場だった為替レートが308円に、2年後には変動相場制に移行する足がかりとなったのでした。
当時中学生だった私は、この出来事で、それまでは高価だった輸入品は安く買えるようになるけれど、輸出品は売りにくくなる、といった程度のことは理解できましたが、ことさら世間が大騒ぎしている深い意味まではわからず不思議な感じをいだいていました。

さて、日本が高度経済成長の頂点に達したその1971年、そのころ、液晶表示器、マイクロプロセッサ、デジタル伝送など、現代のエレクトロニクスの根幹をなす技術が開発現場で産声をあげていました。一般家庭では自動車や家電製品の普及が一巡し、車にはオートマチックトランスミッションやエアコンなどの快適装備が、オーディオは、それまで一部のマニアしか手を出さなかった高価な単品コンポなどが、ごく普通の庶民にまで行き渡る兆しが見えていました。量産効果で、一個100円ぐらいしていたトランジスタが、20~30円で買えるようになったのもこのころです。
当初懸念された円高ドル安はむしろプラスに働いて、日本経済は途中オイルショックやバブル経済など、いくつかのつまずきはあったけれど、はたまた高度成長から安定成長などと呼びかたは変わったけれど、技術革新にも支えられつつ、つねに拡大は続けました。

話は1971年に戻って、江井海岸にクルーザーで海水浴に訪れた一行は、当時、周囲からは羨望の反面、どちらかというと批判的なまなざしで捉えられているようでした。わざわざ360円/$レートで換算された高価な輸入艇を手に入れられる裕福さもさることながら、公共交通機関や国産車で移動には事欠かないのに、その必然性すら疑問をいだいていました。

私はというと、その10年後にはマイカーを持ち、そのまた10年余り後には輸入車に乗っていました。その翌年には明石海峡大橋を渡って、ここ江井海岸にたどり着くこともできたでしょう。そしてこの日、私はマイボートに乗ってここを訪れることができました。
もはや、輸入車やマイボートなどは、多少の資金繰りの工夫で多くの人が実現することができます。あとは必然性がいかほどか?ぐらいが所有するかどうかの分かれ目のような気がします。

経済成長と並行して、自分自身の物質生活もそれなりに変化することができたのは、一応幸運だったとは言えるのですが、35年前のクルーザー一行と今の私とでは、何が違うのか?……

「ボートに乗って(例えば上に書いた長文のようなことを)考える機会を持てたこと」

ボートを持って得られた最大の収穫がこれだと思っています。それを35年前の私にはわからなかっただけなのかもしれません。

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新年

あけまして おめでとうございます。

皆さま方におかれましては、よき年でありますようお祈りいたします。

昨年は、わたしにとって記念すべきボート元年となりました。
今年も、安全には気をつけてボートライフに邁進してゆきたいとおもいます。

また、最近滞っているオーディオ機器の自作も、再び軌道にのせたくおもっています。
まずは、昨年から計画していて、すでにパーツも調達済みの、用途を限定した超駄球アンプ(意味不明)の製作に着手したいとおもいます。いずれブログ上でも経過を報告できる時期が来るとおもいます。

Iesimap 正月三ヶ日のうち3日はボートの初乗りに当てました。
画像は家島本島の港で、ここは土砂運搬の海運業の本拠地となっています。普段は、あちこち航行している運搬船が休み期間中は港内にぎっしり係留停泊しています。

Osimaもうひとつの画像は男鹿島北東に位置する大島。大島という割りには小さい島です。波の浸食で大胆に岩肌が削られているのが印象的です。今年の夏には海水浴に訪れたい候補地のひとつです。

今日4日は寝正月を決め込みました。
Vfnyc NHKのBS-hiでウィーンフィル,ニューイヤーコンサートの再放送があったので、なんとなく流しながらゴロゴロと。2日の夜に録画したアース・ウインド&ファイヤーとシカゴのコラボライブもゆっくり見ることができました。どちらも特にすばらしい音質というわけではありませんでしたが、ハイビジョンとデジタル音声のおかげで、一昔とは比べものにならないクオリティーで視聴できるようになったものです。画像の装置で画と音のスケールバランスは、いたって妥当で、案外、小さい物音とか余韻、残響なども雰囲気よく再現してくれます。

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